
前立腺は男性の膀胱の下に尿道を取り囲むように存在し(ドーナツに例えるとドーナツの穴が尿道でドーナツ自体が前立腺のイメージ)、通常はクルミ大程度の大きさの臓器です。前立腺は、受精可能年齢において射精や受精を円滑に行うために重要な役割を担います。しかし、年齢を重ね受精の必要のない年齢になると、本来の役割を失ってしまいます。それどころか、年齢とともに前立腺が肥大すると尿道を圧迫し排尿障害の原因になったり、がんの発生母地になったりと、高齢者にとってはただの厄介者になってしまいます。
厄介者の前立腺の3大疾患として、前立腺癌、前立腺肥大症、慢性前立腺炎があります。ここでは前立腺の良性疾患である前立腺肥大症について詳しく説明します。(前立腺癌についてはこちら)
前立腺肥大症

前立腺が加齢とともに肥大していくと、図のように尿道を圧迫してしまいます。当然、前立腺が尿道を圧迫すると出口が狭くなり尿が出にくくなります。(排尿困難)
一方、膀胱は何とか尿を出そうと頑張るため、膀胱の筋肉が発達し筋肉質になり、膀胱の壁が分厚くなってしまいます。そうすると、膀胱の本来ある伸びる力(柔軟性)が失われカチカチになり、少し尿がたまるとすぐに一杯になり我慢できず、尿を出そうとしてしまいます。これが頻尿や尿意切迫感として症状に現れます。(風船が小さくなり、ちょっとの空気を入れるとすぐ割れてしまうようなイメージ)
つまり前立腺肥大症の2大症状は①排尿困難 ②頻尿、尿意切迫感(過活動膀胱)であり、男性の過活動膀胱の最大の原因になります。
前立腺肥大症の薬物治療
前立腺肥大症の薬物治療の要点は上記の2大症状を改善させることです。すなわち次の2つが要点になります。
- 前立腺により圧迫された尿道の抵抗を改善させる(排尿困難を改善)
- 膀胱の柔軟性を回復させる(過活動膀胱を改善)
治療としては、まず1.の尿道の抵抗を改善させることが最も重要です。尿道の抵抗を減らすだけで膀胱の柔軟性が回復し過活動膀胱も改善する場合があります。

前立腺肥大症に使用される薬剤は以下の5種類に分類されます。
①α1受容体遮断薬
②PDE5阻害薬
③5α還元酵素阻害薬
④β3受容体作動薬
⑤抗コリン薬
1. 前立腺により圧迫された尿道の抵抗を改善(排尿困難を改善)させる薬剤
①α1受容体遮断薬 薬剤名:ハルナール®(タムスロシン)、フリバス®(ナフトピジル)、ユリーフ®(シロドシン)
元来は血管のα1受容体に作用し、血管壁を緩め血管を拡張させることにより、高血圧に対しての降圧薬として古くから使用されていた薬剤ですが、尿道にもα1受容体が存在することがわかり、そのα1受容体を遮断して交感神経の刺激を抑え、尿道を緩めることにより尿を出やすくします。ハルナール®(タムスロシン)が初めて前立腺肥大症の薬剤として発売されました。当時は排尿困難を改善させる薬剤はなく画期的な出来事でした。以後、フリバス®(ナフトピジル)、ユリーフ®(シロドシン)が発売され、現在3種類の薬剤が処方できます。
②PDE5阻害薬 薬剤名:ザルティア®(タダラフィル)
PDE5阻害薬といえば最も有名な薬剤がバイアグラ®(シルデナフィル)でしょう。これも元来は血管拡張薬であり狭心症の治療として開発されましたが、強烈な勃起増強作用があることがわかり、勃起不全薬としても使用されるようになった経緯があります。これは陰茎海綿体血管のPDE5を阻害することにより血管が拡張し陰茎海綿体への血流が改善することにより勃起の増強効果を起こします。PDE5は膀胱、前立腺、尿道にも多く存在することがわかり、PDE5阻害薬を投与すると前立腺及び膀胱や尿道の血管拡張作用によって血流が改善し、また前立腺及び膀胱の平滑筋を緩める作用もあるため、尿道が緩まり尿を出やすくします。またこの薬剤の特徴として、膀胱の血流改善効果があり、膀胱の柔軟性も同時に改善させ過活動膀胱にも一定の効果があります。現在、前立腺肥大症の薬剤として使用できるのはザルティア®(タダラフィル)1剤です。(これは勃起不全薬として発売されているシアリスと同一成分ですが用量が異なります)
③5α還元酵素阻害薬 薬剤名:アボルブ®(デュタステリド)
この薬剤は唯一、肥大した前立腺の容量を小さくすることができる薬剤です。5α還元酵素は、男性ホルモンである「テストステロン」を、より強力な作用のある「ジヒドロテストステロン」に変える働きがあります。前立腺組織が増殖するにはジヒドロテストステロンが必要ですが、5α還元酵素阻害薬は5α還元酵素の働きを阻害するため、前立腺内のジヒドロテストステロン濃度を低下させ、前立腺を小さくする働きがあります。前立腺肥大症の薬剤として使用できるのは、アボルブ®(デュタステリド)1剤です。(これはAGA治療薬であるザガーロ®と同一成分です)
以上、まとめますと
①α1受容体遮断薬:尿道をゆるめ尿を出しやすくする
②PDE5阻害薬:血流改善で尿を出しやすし、膀胱も柔らかくする
③5α還元酵素阻害薬:前立腺を小さくする
個々の患者さんの前立腺の状態や年齢などその他の背景をすべて考慮して、第一選択薬を決定します。単剤で効果が乏しい場合は2剤併用を行います。
2. 膀胱の柔軟性を回復(過活動膀胱を改善)させる薬剤
1.の排尿困難を改善させる薬剤を投与しても、頻尿や尿意切迫感などの過活動膀胱の症状が改善しない場合、以下の2種類の薬剤の併用をします。
④β3受容体作動薬 薬剤名:ベタニス®(ミラベクロン)、ベオーバ®(ビベクロン)
膀胱の筋肉にある交感神経のβ3受容体が刺激を受けると筋肉が緩み膀胱が広がります。それにより、尿をより蓄えることができ、過活性膀胱による尿意切迫、頻尿、切迫性尿失禁などの症状を改善することができます。しかし、逆に膀胱の収縮力が弱まりますので、排尿困難が増悪することがあり、前立腺肥大症の患者さんで処方する場合は必ず、1.のタイプの薬剤と併用することが必要です。下記の抗コリン薬と比べて排尿困難などの副作用が少ないため、前立腺肥大症患者さんの過活動膀胱治療薬としては第一選択として使用します。
⑤抗コリン薬 薬剤名:ベシケア®(ソリフェナシン)、トビエース®(フェソテロジン)etc.
膀胱の収縮には神経伝達物質のアセチルコリンが関与しており、アセチルコリンがムスカリン受容体というものに結合すると膀胱が収縮します。抗コリン薬はムスカリン受容体へのアセチルコリンの結合を阻害し、膀胱の過剰な収縮を抑え、過活動膀胱による尿意切迫感や頻尿などを改善します。上記のβ3受容体作動薬より膀胱の収縮の抑制効果が強く、排尿困難の増悪が起こりやすいですので、1.のタイプの薬剤と併用することはもちろん、β3受容体作動薬で効果がない場合に使用します。時にはβ3受容体作動薬と併用する場合もあります。