心不全とは
心不全とは、心臓の障害によって、心臓のポンプ機能が低下して全身へ十分な血液を送り出すことができなくなった状態のことです。
加齢に伴う機能低下や、弁膜症、お薬の副作用や遺伝性の病気など様々な原因から心不全は起こります。
全身への血液循環が十分に行えなくなることで全身にむくみが出たり、肺に血液がたまることで息切れを起こしたりします。
左室駆出率による心不全の分類
心臓のポンプとしての働きの大部分は左心室が担当しているため、左心室の機能により心不全の程度を分類する方法があります。
左室駆出率(LVEF: Left Ventricular Ejection Fraction)と呼ばれ、心拍ごとに心臓が放出する血液量(駆出量)を拡張期の左心室容量で割って算出されます。
日本循環器学会の出している「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年度改訂版)」では、LVEFによって以下のように分類されています。
定義 | LVEF |
---|---|
LVEFの低下した心不全(HFrEF) | 40%未満 |
LVEFの保たれた心不全(HFpEF) | 50%以上 |
LVEFが軽度低下した心不全(HFmrEF) | 40%以上50%未満 |
LVEFが改善した心不全(HFpEF improved) | 40%以上 |
HFrEF: heart failure with reduced ejection fraction
HFpEF: heart failure with preserved ejection fraction
HFmrEF: heart failure with midrange ejection fraction
HFpEF improved: heart failure with preserved ejection fraction, improved
当初はLVEFが保たれているか(HFpEF)、保たれていないか(HFrEF)の大きく2つに分類されていましたが、現在は、もう少し細かく現在は4つに分類されています。
今回お話ししているエンレストは、LVEFが低下したHFrEFに対して効果が認められているお薬になります。
ただし、日本では適応上、LVEFでの区別なく慢性心不全に対して使用可能となっています。なお、海外ではHFrEFのみに使用可能です。
心不全の治療薬
心不全の治療は、 ガイドライン上、HFrEF、HFmrEF、HFpEFのそれぞれで内容が異なりますが、体液量を減らしたり、心臓への過剰な刺激を抑えたりすることで心臓への負荷を軽減させる治療が基本となります。
HFrEFの場合、
- ・ACE阻害薬/ARB
- ・β遮断薬
- ・ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)
- ・利尿薬
が中心的な薬剤で、単剤もしくは適宜併用した治療が行われます。
エンレストの作用機序
エンレストは、
- ① ネプリライシン阻害薬であるサクビトリル
- ② ARBであるバルサルタン
の2つの成分からなり、
ARNI: Angiotensin Receptor-Neprilysin Inhibitor(アーニィ)と呼ばれる新しいタイプの治療薬です。
エンレストは投与後、速やかにサクビトリルとバルサルタンに分離されます。
それぞれの働きについてみていきましょう。
サクビトリルのはたらき
体内には利尿作用や血管拡張作用を有するホルモンとしてナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNPなど)が存在しますが、ネプリライシンという酵素によって分解されてしまいます。
サクビトリルは体内で活性体に変換され、ネプリライシンを阻害します。その結果、体内のナトリウム利尿ペプチドの量が増加し、利尿作用や血管拡張作用によって体液量が減少して心負荷を軽減します。
バルサルタンのはたらき
バルサルタンはARBに分類される薬剤です。レニンアンギオテンシン(RA)系は、血圧や細胞外容量の調節に関わるホルモン系の総称で、血液量の保持と、血圧上昇作用により血液の循環調節機構を形成しています。
ARBは、アンジオテンシンⅡが作用するAT1受容体を遮断することで血管拡張作用、血圧低下作用を示します。

2つの成分が配合されている理由
エンレストは、2つの薬の成分が配合されているいわゆる配合剤とは違い、2つの成分があって初めて薬として成立しています。
実は、ネプリライシン阻害薬は単独では効果が得られません。
ネプリライシンはアンジオテンシンIIも分解するため、ネプリライシンだけを阻害するとRA系が亢進してしまい、血圧上昇や血管収縮などを引き起こすからです。
そこで、アンジオテンシンIIが結合するAT1受容体に対する拮抗作用を示すARBを併用することで、RA系を抑制してネプリライシン阻害薬による効果を発揮させているのです。